夏は来ぬ







部室棟脇の駐輪場の、直ぐ横にはおおきい木があって、そこが風に揺れると真下に立つ花井と田島にゆるゆるとまだら模様めいた影を落とす。入学当初より、余程その影が濃いから、ああ、夏が近いんだなあ、とここに自転車を止めるたびに、思う。
自転車のサドルを、くるりとまわして、高めにあげる。田島の器用な手つきを見ながら、
「そンな、高くして大丈夫かよ、」
見栄張ンな。と花井が笑って揶揄うと、田島は至極真面目に、
「夏を迎える準備なんだよ!」
 言う。笑顔がぺかっ、と眩しい。お前ひとりで先に夏を迎えてどうするよ。ツッコミの手を入れられないまま、完成!とひときわおおきな声で言う。遠くでブラスバンド部のぷわー、と間抜けなトランペットの音が祝福した。今日も軽音部が騒がしい。
「花井!」
「ンだよ、」
「駅まで行くンでしょ!乗せてくよ!」
 お前、こんなに側にいるのにどうしてそんなに大声なンだ。側を通りかかった女子学生が、こちらを見遣りながらくすくすやるのを背中に感じて、花井は赤面する。
「…つかさ、」
 俺乗せて、田島、チャリ漕げるのか?じつ、とその意を込めて不審げに見遣れば、田島は、先の笑顔みたく、ぎらり、まぶしいほどの笑顔で、自転車の鍵を放って寄越した。
「じゃあ、ヨロシク!運転手さん!」
「…俺が漕ぐのか。」
 かくんと落とした肩にけらけらと、田島は何が可笑しいのか愉快げに喉を鳴らし、
「そのためのサドルッすよ!」言い放った。


   田島は、「夏を迎える準備」だと言って、サドルをくるくる、まわした。じゃあ、夏一杯俺と、こうして帰る気なのかなあ、と考えて、花井は少し、笑った。
「オラ、田島!」
「わーい!」
 ステップに足を引っかけて、花井の肩に手を掛けた、田島の手の触れる感触に、一瞬、胸が上擦った。葉擦れの音が、さわさわと煽る。まだら模様がふたりの頬に、背中に、つける陰が、獣のそれじみて、面白い。二匹の獣。縺れ合いながら、自転車を、進める。ホイルの回転の度、アスファルトに、ちかちか、銀めいた色のきらきらが散った。夏の色。
 夏のひかりの色。

「そういえばさあ!はないー、」
「あンだよ、」
 教師にふたり乗りが見咎められないように、と、校門まで、せいで漕ぐみちすがら、田島が、そういえばさ、と、これもまた、可笑しそうに言う。企みの声。

「こういうふたり乗りの仕方ってさ、ラブトレイン、ッていうんだって!」
「!」
盛大によろけた自転車。ぎゃはははは、と散る、笑い声と。夏の初めの、その最中の、二匹の獣。遠い、音を外して鳴り響くトランペットの音をファンファーレに。

夏は未だ、始まったばかり。





夏は来ぬ











六月のオンリーで配布した、花井と田島の短篇です。
ところで、「ラブトレイン」というのは、わたしの高校生時分、
部活内で使われた名称なンで、一般的な名称ではないンですが、
可愛げのある語だな、と今では特に思うので、誰か、あの、広めて下さい…。(…)