電車がはしる。




「寝るな、三橋。」
次、もう、与野だから。

肩をやわく揺すってやると、三橋は、うん、うん、とかくんかくん、壊れた人形みたく顎を上下させる。
ふたりの目指す与野は、新都心で京浜東北線に乗って、ひと駅。
埼京線の北与野駅前の書店で本をみて、路線の違う京浜東北線に乗ろうとして新都心まで歩いた。ふたつの駅の距離はアリーナを挟んで、直ぐである。そうだ、あすこから、与野まではたった一駅。一駅でここまでオちられる奴はそうそういないだろう。
聞くともなしな三橋は肘を組むような恰好で、うつうつ、している。気持ちよさそうにうつうつ、している。電車の走行はゆるまり、アナウンスが入る。「−−次は与野、与野、」

ああ、ばか。
「ホラ、みはし、」
「ウン、」
しょぼしょぼした眼差しの焦点は行方が知れない。ウン、じゃあないだろう。阿部は嘆息する。そうこうしている間に、扉が開いてそれから、



閉まった。





「みはし、みはし、おい、」
「…ぁべく…、」
吐息だけで呼ばれた名前に胸が、疼く。ああ、起こせやしない、と阿部は甘く絶望してしまう。
電車は次の停車駅に向けて、がたんごとん、進む。進んでそれで、また次の駅にまで走る。がたんごとん走る。行き先ははっきりしている。わかりやすいまでの道筋、寸分の狂いなく電車は行く。決められた速度、時間で、何の迷いもなく。三橋の組んでいる肘の辺りを、つい、と指で突くと、こそばゆいのか、ちょっと捻るふうに体を動かして、また、こくん、こくん、とし始める。阿部が膝の上に抱えた本屋の包みが、かさり、とかすかな音を立てた。次の停車駅は、北浦和。座席に深く沈んでうとうと、三橋は無意識で運ばれていく身体についてどう思うのだろう、何も思っていないのだろうな、と考えて、阿部はもう一度嘆息した。
(ふたりの関係にしたってそうだ。)
阿部が誘うままに三橋は、駅前に待ち合わせ、電車に乗り本屋にまで着いてきた。ひとりデートかと浮かれていたけど、冷静に、コイツただ、無意識に運ばれてるだけなンじゃねーの?と思わなくもない。寧ろ、そうとしか思えない。三橋は言われるまま、付いてきただけ。まるで電車で運ばれるみたく、行き先は、…行き先なんて。
(オレばっかりで、)
電車のがたんごとん、という揺れを背中で尻で、足で、感じながら、おのれの考えの途方もなさに、くらんとした。
そうしてぼう、と電車に揺られていたら、袖の辺りをぐい、と引かれてうつつに還る。三橋が袖の辺りを握っている。目が醒めたのかと思って、顔を覗き込めば、目蓋は閉じていて、無意識に掴まれたのだと言うことが知れた。
「みはし?」
「…ウン、」
声は届いているのだろうか。よく判らない曖昧な呻き声みたいな返事をして、三橋は頭を二三度、ゆらゆらさせると、またすうすうとやり出して、そうしている間に北浦和の駅も通過してしまった。
阿部はおおきく息を吸い、はく。がらがらと空席の目立つ、客の少ない電車内で、組まれた三橋の腕の隙間に自分のそれを潜り込ませ、三橋の指を握った。起きるかな、と思ったが、起きない。ので、そのまま、繋ぐ恰好にしておく。浦和に着いたら、何が何でも起こそう。それで、この繋がれた手を見せて、狼狽えさせてやる。「三橋からしてきたんだ、」と嘘を吐いてやろう。あながち嘘ではない、だって三橋は阿部の袖を引いた。それが無意識で何であれ、引いた。だって、それはほんとうなのだ。

(無意識だって何だって、オレは、)
ひとりで、電車に揺られている気なんてない。


車窓から、見慣れた景色が広がる。駅にそろそろ着いてしまう。三橋は多分、この繋がれた手を見たら、大慌てで指を解いてしまうことだろう。それで、阿部の嘘に泣きそうになり乍ら、ごめんなさい、なんて謝るのだろう。
(そうしたら、どうしようかな。)

阿部はにぎにぎ、掴んだ三橋のゆびさきを玩びながら、またぼんやり、思考に嵌る。三橋が、ぼんやり眠りから覚醒しているなんて事には気付きもしないで。
ふたりしてぼんやり、がたんごとん、と運ばれている揺れを、ただ背中に感じながら。



電車が、走る。
(ぼくらをのせてはしる)




線路は続くよ、どこまでも。









絵板より。(4/17)

無意識ッてでも、凶悪よね、主張として。