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事件です。 それは、三橋廉くん十六歳にとって、大事件でありました。 犯行はさいたま市某区の県立西浦高校、部室棟前の裏門にほど近い場所で、犯行時刻は午後九時半を少しばかり、すぎていたでしょうか。過酷な練習を終えた球児達があらかた帰路についた、その中で。 三橋君は今朝方コンビニでスポーツ飲料と、練習前のお八ツ用、小倉あん+マーガリンのコッペパンと併せて購入した飴を、かろかろと舐めて、部室前に駐輪した自転車の鍵穴に鍵を差し込むところでした。屈んだ角度で貌は窺えなかったけれど、部室の戸締まりをしていたらしい副部長の阿部君がこちらに来るのが、判ります。電灯の落とす青白いひかりが、本人より先に影を連れてきます。三橋君は顔を上げました。 「三橋、おつかれ、」 「あ、べくん。」 三橋君の、阿部君の名前を呼ぶ声は、口腔内で飴がほどけて、吐息ごと、まるまる甘ったるいものでした。彼が自分でそのことを自覚したわけではないけれど、顔を上げたとき、思いの外側まで来ていた阿部君が一瞬目を瞠って、それから、ふい、と反らして、あれ?と思う間もなく、「飴?」と聞かれます。 三橋君の口の中には、バターの香り高い甘い飴が、右の頬から左の頬へ転がされました。明治のチェルシー。黒地に赤い花柄も愛らしいパッケージは、三橋君のお尻のポケットに、無造作に突っ込まれています。あ、阿部くんにもひとつあげようかな、とポケットに手を突っ込みかけながら、「食べる?」ときいてあげると、阿部君はウン、と頷きました。 最近のお気に入りのバタースカッチの濃いバター、甘い匂い、仄かな塩味。同じく三橋君のお気に入りの阿部君、(…と言う言葉に語弊のあるなら、じゃあ、恋シチャッテル、でもいい。)その、阿部君の口に、「お、俺の口と同じ、味!」と考えるだけで、どきどきとしたけれど、美味しいものを分け合う喜びは、如何に食いしん坊の三橋君といえども、いいものだ、と思うのです。…思った、のでした。顔を上げるまでは。 「ちょうだい、」 阿部君の呟いた声が、息が、頬に掛かって、三橋君が、わ、と思う間もなく、くちびるにやわらかく押し当てられたものが、薄ら、開きッ放しだった三橋君のそれをぐい、押し割り、ぬるり、とした感触が侵入して、奪われました。 三橋君の明治チェルシー・バタースカッチと、ファーストキスが! 「んがっ、」 驚きのあまり、息が喉の奧に引っ掛かり、ムードもなにもない、変な音が出ました。(んがって、何、んがって!)混乱した三橋君が、強かにサドルに腰をぶつけ、自転車ががしゃーん!とおおきな音を立てて、倒れます。わあわあと、焦るままに屈んで自転車を起こそうとしたら、その隙に、阿部君はさっさと自分の自転車に跨ると、ぐい、と地面を蹴り裏門を通っていってしまいました。 「…早く帰れよ三橋、じゃあな!」 怒ったみたいなおおきな声で言って、阿部君は立ち漕ぎ、声をかける暇もあらばこそ。猛スピードで角を曲がって見えなくなってしまいました。ウー、ワンワン!声に驚いたのでしょうか、近所の犬が、その後ろ姿を吠えたてます。三橋君はかがみ込んで自転車を起こす格好のまま、暫し固まって、ウーンウーンと重たい頭を、それでもフル回転させなら、「ああ、阿部くんとキスしちゃった、」と言う結論にいたり、起こしかけ、握っていた自転車のハンドルを手から滑らせ、もう一度、がしゃーん!と派手な音を立てて、犬に吠えられ続けるのでした。 ポケットの中にはまだ、飴玉は包み紙に上品に包まれたまま、あと何粒も、残っています。 そんな三橋君の大事件を余所に、明治チェルシー・バタースカッチは、甘くてとっても美味しいのでした。 これからも、バタースカッチのフレーバーを舐めるたびに、三橋君には自転車横倒しのがしゃーん、と盛大な音とともに、盗み見た、阿部君の頬が、燃えるように赤かったことを思い出してしまうに違いないのです。 |
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夏のイベントと通販オマケ配布のペーパーより(8/11) 飴という小道具は、ほんとう、つかい易いです… ハズカシイ… |