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西浦高校野球部々室には、主将・花井梓の手に由って「持ち物には名前を」「整理整頓」などと書かれた張り紙が、張られていた。小学生のとき長らく書道教室に通わされていたと言うだけあって、トメ、ハネもしっかりと、きれいな字を書く。 おおきな背丈とは違い、とても繊細なオレらの主将(A型)のこころをなにが害したのかは、判らない。泉や巣山が芸術選択で受けている工芸の授業で作った籐籠(なかなか出来映えは宜しい)を持ち帰らずに放置してどちらのものか判らなくしていたり、水谷や沖が持ち込んだ雑誌類が、溜まりに溜まって部室の隅で山になっているという状態かも知れないし、あれで意外にずぼらの所のある阿部が三日前のアンダーを持ち帰り忘れ、面倒くさがってそのまま、と言うせいかも知れなかった。いや、阿部なら未だ可愛い。それより田島だ田島。教室の掃除用具入れからぎってきた半透明ビニル袋を握り締めながら花井は深い溜息を吐く。ロッカーからはみ出たストッキング、あれが、一月前からあの状態なのを彼は知っている。ロッカー前に脱ぎ捨てられたジャージもそうだ。夏間は出番が少ないッていっても、脱いだ形でそのままとはどういう事だ。その上エロ本を所蔵してその辺に放り投げておくのもこいつだ。ああ、神さま! そもそも男子部々室の男所帯、ある程度カオスを生み出すのは、そう、珍しいことではない。然し花井には栄口、西広という、きれい好き同盟、ソウルメイトが居るので、例えば食べ残しなどの生ゴミが放置されるという状況はなかったし、この三人で定期的にゴミ出しもしている。物に溢れていても、多分、西浦の運動部室のなかで、ゴ、で始まる黒い虫の発生率が一等低いのは野球部だろう。ああ、栄口、西広。心の友よ。 それより何より花井が「整理整頓を」と言い出す切っ掛けになったのはオレらのエ−ス・三橋廉、そのひとであった。 三橋はよく物をなくすのである。あの雑然とした部室で、元々ぼんやりふらふらした奴だからか、どこに置いたっけ?と言う状況によく陥るらしい。いつかは「自転車の鍵が見付からない」と言っては泣き、部員全員で失せ物探しに駆り出して、大捜索、漸く田島のエロ本のしたから発見されても「ありがとう」と「ごめんなさい」を繰り返しては大泣きをし、もう、あれにはほんとうに困った。しかもこれが一度や二度ではないのだ。これがほんとうに頭が痛い。三橋が泣くと部が荒れるのだ。 花井がこころの平穏を求めて、志賀と百枝に申し出、テストに差し掛かる前、最後のミーティングの日の放課後を使い大掃除を決行したのは一週間前だ。ああ、部室に床があるって素晴らしい。 以来、「整理整頓・持ち物には名前を」は当面のお題目となりテストあけの本日に至る。 「せーり〜、せ・いとーん、持ォオち物に〜は、名前をおー」 出鱈目な口調でうたうのは田島である。小さい体でちょこちょこと動いてはキャッキャと笑って、マア、元気なことだ。その後におずおずと付いて歩いて、同じような節でムフ、ムフフーンと愉しげに歌をうたうのは三橋だ。お前らほんとうに高校生か。テストあけ、前日完徹したという阿部やら巣山やらが汀に打ち上げられた鯨のように哀れな恰好で転がっているのを、ちょろちょろ動くふたりは、踏まないように歩くのが愉しいらしい。いっぺん、腹這いに寝転がっていた阿部の腹に三橋が脚を引っかけ、あわや大転倒の危機があったが、咄嗟に栄口が支えて事なきを得た。阿部も、余程眠いのか起きなかった。 「持ち物には名前を、なンだよな、花井!」 遊びに飽きたらしい田島が、言った。 「ああ、そうだよ、お前とか三橋みたいのは、特に。」 腰に手を当て説教モード、ふたりは、こくこくと頻りに頷く。田島はにかり、と眩しいほどの笑みを浮かべ、 「花井は書いてンの?」 「…自己管理が出来てる奴ァいいンだよ!問題なのは、その辺に置いて訳分からなくしちまう奴なの。」 「なあ、それは、…無くしそうになって泣いてたり、そーゆーやつは、」 ジコカンリの出来ない、ッてことになるよな! 花井が頷くと、 「じゃあ、書く、ゲンミツに!名前!」 にか!と笑う田島の眼差しが三橋を捉えた、刹那、妙な危機感を覚えた花井は、思考が追いつくより先に、三橋を自分の背に庇う。幾ら本人が、結果、喜んだといっても、いつぞやの二の舞(見ようによってはイジメと見られかねない、三橋の練習着に書かれたオトコラシー、一番のような。)は踏ませまい。一体こいつが何処になにをかく気なのかは知らない。しかし、これは部長の責務だ!三橋の世話女房はこんなときに限って睡魔に遣られて動けない。俺がやらなきゃ誰がやる。ここでやらなきゃ、あとで阿部が怖いンだッつの!まじで! ロッカー前にコロリ、転がっていたマッキーを拾い上げるやいなや、田島は、ペン先をひらめかせ、 「持ち物には名前を!」笑う。 キュ、キュー、キュッ! 「三橋」 「レン」 花井は目の前の空気が、ぴたり、止まるのを感じた。 横になり、すうすう、と微かに寝息が聞こえる、うつ伏せに、あれ、苦しくないのかなーなんて、一瞬考えが逃避したり何かして。眠るひと、アベタカヤ、そう野球部副部長、三橋の恋女房、は彼の自称だったか。 その阿部の裸足の足の裏、左の足には「三橋」右の足には「れん」と、田島らしい、マア、乱暴な筆跡で。きゅぽん、とキャップを元に戻して一丁上がり、と田島は至極ご機嫌そうだった。 「三橋のはさ、阿部が起きてから書いて貰えよ、阿部にさ!」 笑顔はまるでお日様のよう。 あ、眩しい。田島、眩しい。 花井は目の前が眩むような感覚を得て、思わず、膝をついた。背に庇われていた三橋が、そろり、阿部を覗き込んで固まる気配が、伝わる。 「持ち物には名前を!」 フンフフーン、と再び出鱈目に、歌い出す田島。固まって、それから音を立てないのが不思議なくらいに赤くなった三橋、あいかわらず、すいよすいよと穏やかな寝息を繰り返す阿部。(足裏には、お前の最愛のエースの名前が、油性マジックでオトコらしく!) 途方に暮れる部長、花井梓は、阿部が目覚めて起こるであろう、一波みに備えて、ぱたん、ロッカーを開くと、愛用、新三共胃腸薬・顆粒を一包取り出し、部室棟前の水飲み場へと、そそくさ、足早に向かうのだった。 |
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絵板らくがきより(8/2) コミカルに出来たでしょうか…(苦手…) |