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小暗い部屋のカーテン越しに、おもての通りを走る車のものだろうか、さっと、グレープフルーツ色のひかりが差して、直ぐに流れていった。 (…ウルトラマンの精子ってあんな感じかしらん) ぼやぼやとした意識のまま、窓を開け、独特の青臭さの満つ部屋に、風を通す。外はだいぶ、暗い。薄藍のカーテンが風を受けて、束の間ゆらり、膨らんだ。床には蹴って落としたタオルケットが落ちている。 阿部は、それを拾わないでそのままベッドの上に、転がり、ひかりの去った方を眺めるともなしに見た。その辺にくしゃくしゃと丸め、転がるティッシュを拾っては、緩慢な動作で少し離れた屑籠へ放る。ひとつ、ふたつ、みっつ。(パーフェクト!)どれも、音も立てずに屑籠へ落ちた。野球部舐めンなよ。 「ぅーあー…、カッタルイ…。」 じじむさく呟いて、くつろげてたジーンズのあわせを、そこから零れた性器を、阿部は仕舞う。身繕いをして、添い寝をするみたいな恰好で、ベッドの直ぐ隣、同じくあそこを丸出しで寝転がっている三橋の、出して萎えたそれを、同じように仕舞ってやる。三橋も阿部と同じくぼんやりとだるそうで、うつらうつらし掛けていることが分かった。もう半分以上、向こう側。うつつから離れている。男の生理だ、精液を出したあとは眠い。粗末なパイプベッドが、ふたり分の体重を抱えて、きしり、と軋み音をたてた。 たまたま三橋が自分の部屋に来ていて、家人が居なくて、それで、つい。悪戯をしてしまった。 てのひらで、慰めあうだけの、幼いセックスをふたりで、した。感触の違いだとか、精液で汚れたゆびさきに陰毛が絡む感じとか。知らない訳じゃあないのに、他人のそれをするのは、されるのは、新鮮で、耽ってしまった。 他人のがあンなふうになッてるのなんて、初めて、見た。 イイとこ探り合って、狂わせたくッて。そんな意図を持って粘膜で、ひとと触れるのには、ぞくぞくした。だって、ここ、人間の急所だろ。粘膜の、こんなに弱くて敏感な部分を、他人に呆気なく晒して、晒されて、欲望に対して無防備に。達するとき、呻きながら感動した。 ひとりでするとき、想像のなかの三橋はどうだったっけ。あんなふうに甘く鳴いた?乞うように名前を呼んだ?あんなふうに、あんなふうに? 妄想のそれより、眼前で息を荒くする本物は、自分とおんなじ雄なのだと、何だかしみしみと実感した。鳴いて、悶えて、生の人間の匂いがした。 (あ、ヤバイ。) 感触を、匂いを、反芻していたら、あそこが、また、熱くなっていた。ジーンズの布地を押し返すようなふくらみを、上から、ぎゅ、と握る。ちらりと横目で眠る三橋を見遣った。口が半分開いて、寝息をたてている。なんだかなぁ。ひとりで盛り上がっているのが気に入らなくて、眠り掛けている三橋の股間に手を伸ばした。三橋の大事なトコロ、をゆびさきでそろり、揉ンだり、ちょん、と突ついたり。目の醒めているときならば、真っ赤になって逃げられてしまいそうな悪戯をしても、三橋はうとうと反応しない。少しの間、股間をつるつると撫でていたのだけど、馬鹿らしくなって、止めた。 カーテンの向こうは宵闇で、そろそろ家人も戻るだろう。三橋を部屋に招き入れたときに出した麦茶のグラスが卓の上で、硝子面に汗をつけているのが見える。氷も融けきって、既にぬるんでいる筈だ。 (動けねぇ、) だって、三橋の腕が、腕に当たって温かい。 気持ちいい。情欲の満つるような激しいのではなくて、きよらで穏やかな感覚で。 悪戯していた手を滑らせて、投げ出された三橋の指に搦めた。 「…何笑ってンだ。」 見ると、三橋の口許が、やわらな三日月のかたちになっている。頬笑みの形に。満たされているみたいな笑みだった。阿部は、鳩尾の辺りからきゅ、と引っ張られるような感触に、身を竦める。いとおしい、だとか、そういう気持ちだ。すきだ、と声に出さずに呟いたら、何だか胸奧が震えた。 さっき散々チンコ弄ッてても、なんも反応しなかった癖に。くつくつ、喉をふるわすような笑いが涌いてきて、堪えきれずに阿部は、からだをくの字に折り曲げた。 その際に、膝が当たったのだろう、三橋が、うぅ、と微かに呻いて、起きたのだろうか、未だどことなく虚ろなまなこで、繋いである手を見、それから阿部の顔を見て、困ったような、よく分からないような、そういう笑みになった。 「あべくん、」 「ん?」 「…みてる。」 譫言みたいに呟いて、寝返りを打つ。阿部の腕に縋るみたいに、甘えるみたいに肩に頬寄せて。カーテンが風を孕んでひらめく。束の間、鈍く暮れた空が見える。今日は星がない。 「…だれも、見ねぇよ。」 言ってやると、三橋は段々と意識がはっきりしてきたのか、繋いだ手をぎゅう、と強く握り返してきて、それで、ふと、今さら乍らに気が付いた。繋いだ手は、三橋をいかせた手だ。 皿のうえに並べられたシシャモみたいに、ベットでふたり並んで寝そべって、手を繋いでいて。もし、唐突にこの部屋の扉が開かれて、家族にこの恰好を見られたら、何も言い訳できねぇな、と思う。…多分しないだろうし、そんな場面、ごめんこうむるけれど。 「ぁべくん、」 くぐもった声で、また、読んでくる、三橋は、阿部の肩口に顔を押し付けたままで、喋るまま、その息で阿部の膚をあたためる。 「なに、」 「手が、」 「…うん、」 「さっき、おれの、触ってた手だね。」 それだけ言って、三橋はもう黙った。 知ってるよ。言いかけて、つぐむ。 カーテンが膨らむ。ふたりの濃い空気を散らして。どこかで犬が鳴いている。阿部は搦めたゆびさきを、にぎにぎ、撫でた。感触を確認して、愉しむみたく。 (もう、多分絶対、) 諦めたみたく目を瞑る。ゆびの感触だけになる。 (この手、離せねえ、俺。)これは極上の、蜂蜜みたいな絶望だ。 好きが凝り固まって欲情して、気持ちいいの結果じゃないけど、精液が出て。三橋の、気持ちいい、を引き出したゆび。 ほんとうは、床に落っことした上掛けを拾って、腹の上に掛けてやりたいンだけど。手を、離せないものだから。 も少し繋いどかせて、と肩に押し付けられた三橋の、首のあたりに口寄せて、キスをした。いまはこれが精一杯。 何だか後にも先にもこんな、愛おしいとか、こういう瞬間はないような気分に陥って、閉じた目蓋の裏側がじんじん、じわり、と熱いものが滲んだ。三橋と一緒に気持ち良くなって、手を繋いでいて、そういう気分に陥る自分は、大層な馬鹿だと思った。すきすぎて心細いなんて、ほんとうに馬鹿みたいだ。 阿部は、チン、と鼻を啜って、それから、一寸だけ掠れた声で、三橋、と呼んだ。くぐもった声で、阿部くん、と呼び返された。 カーテンが、ちらり、とそよぐ。何気なく捲れた生地の、その向こうの空は、夜とも夕とも付かない曖昧な青を覗かせていた。きしり、とパイプベッドがなる。 そろそろ帰らせなくては、と思うのに。 放せない手を言い訳に、阿部は、瞑った目を開こうとはしなかった。 |
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あわいよいのみつげつ。 2005/0605発行「六月の患い」より再録(2006/0321) |