|
「これ、想われニキビかな、」 「え、」 「それとも想いニキビだッたり、」 「うお?」 「三橋、すきな奴いるの?」 「へッ、ちちち、ち、ちがッ、ちが…、」 訊くと、上擦った声で言い切る前に三橋は、つい、と目を逸らす。落ち着きなく泳ぐ眼差しに、 泉は喉の奥の辺りがくわん、と痛む。 「いるンだ、」 呟く声に、頸をふるふると横に振る。終いには下を、向いてしまった。 三橋は正直者ではないけれど、嘘が付けない。他愛ないものも、大切なものですら。こういうところばかりは、自分と三橋は似ていると泉は思う。 多少のずれは、自分の場合、嘘は吐かないけれど、ほんとうのこと何て、絶対言えない。それだけだ。 それだけ。 赤くなった三橋の頬に泉はそっと、手を添える。俯く貌をこちらへ向けた。肌理の細かい三橋の膚は、 触るとふにゃり、とやわらかい。いっそ心許なくなる程に。陽に灼けて少し荒れてはいたが、発展途中の輪郭の曲線は、細かった。 「ほら、薬、塗ってやる。」 「うぉ、」 目をきゅッと瞑り、泉にされるままになる。鞄から取り出した軟膏の、蓋の臙脂を捻る。とろん、とした油分のにおいがする。 そろ、と掻き分けた前髪の奥。三橋の額に、ぷつりとひとつ、ニキビはちいさく主張する。矢鱈目を引く額の赤み。 「三橋は色、白いから、目立つな、」 「あ、…外見ない、かなァ?」 ぱかり、目蓋を開き、泉を窺う上目遣い。額に赤い星は瞬く。ちいさな恋を主張する。 手渡してやる手鏡を覗きながら、かなしそうな貌をする三橋を、素直に可愛いと思う。 「…阿部は、もし三橋のおでことかほっぺが、ニキビだらけでも、絶対、きらいになンないと思う。」 「ぇ、い、泉、く…、な、なに…ッ」 「あばたもえくぼ、ッて知ってる?」 「い、あぅ、そンなんじゃあ…、」 付き合ってンの、 ぽつんと言ってやれば、わかりやすく三橋は狼狽える。もう上手く言葉すら出てこない。泉は苦笑する。 ゆびさきに感じる体温が、また、上がったようにすら思った。くつくつ、泉が喉を鳴らして笑うと、 三橋は眼差しから逃れるようにまた、目を閉ざしてしまう。あんまり強く瞑るものだから、髪と同じく淡いいろの睫毛までふるふると、 揺れている。 目蓋の、 (目蓋のなかで、あなたがみつめているひとは、だあれ?) 「…はやく治るといいね、」 もうひと掬い、軟膏を手に取り、泉は丁寧に塗る。心持ち上向き、無防備に晒す、三橋のくちびるを眺めながら、 阿部はもう、このうすい赤を吸ったのか知ら、とぼんやり、考えた。 かざす手に、三橋のゆるい吐息が掛かった。ぬるい湿度、温度。阿部は知っているのだろうか。あるともないような感触に誘われるまま、添えていた左手の薬指で、 そのひとすじを紅を刷くみたく、そ、となぜた。 「はい、お仕舞い。」 「うひゃっ」 素っ頓狂な声を出し身を竦めた三橋が、くちびるを押さえながらぱちぱちと瞬きを繰り返す。稚いしぐさ。ややあって、はにかみ乍ら、 「あ、りがとお!」とあどけなく、頬笑んだ。 それをみていたら、何となく、阿部は未だくちづけを赦されていないのだと、感じた。 きれいな白い頬笑みにすら、ちいさい赤は主張する。今この場にいない彼の思い人をただ、泉は妬ましく思う、 傍ら、半歩差の優越もまた、味わう。 額に触れたのは、くちびるに触れたのは、このゆび。 三橋の抱く恋よりさきに、触れたのは。 皮膚より粘膜に近い、過敏な色に触れた指先で、泉は、自分のくちびるをなぞる。 くちづけとも呼べないそれは、ささやかに甘いだけで、あとは苦いばっかりだった。 |
|
絵板落書きより(ユリ・オロナイン妄想)拾いもの。(2004-11-13)
秘密の花園。(…) |