まる、さんかく、しかく。




 阿部と三橋は、放課後、教室に残り、試験勉強をする。考査期間に入り、学内の人は疎らだった。 下校放送前というのに、一年の教室のあるフロア、音の響きやすいリノリウムの廊下にも、物音気配、ひとつない。
 向かい合わせに付けた机越しの距離は幾ばくもない。無駄話ひとつせず、黙々と、お互い設問を解く。なかで、阿部がぽつん、と


「今日お前のメルアド訊かれた。」
「ん?…え、誰…?」
「クラスの女。三橋君可愛いー!…ンだとよ、」
 結構、顔は可愛い方かな、と呟く阿部は至極つまらなそうである。三橋は、困惑しながら、 シャープペンの手を止める。うすい筆跡、書きかけの例文。何て返事をしたらいいか分からない。
「…え?」
「気に入られたンだよ、オマエ。投手ッて目立つしな。」
「え、えと、オレ、」
「…けどさ、」
「う、ん?」
「けど俺、…三橋は、好きな奴いるから、ッて、」

 断っちゃったけど、よかったよな。


「え、」
「…駄目だったのかよ、」
 言いながら阿部は、でも、一度も三橋の方を見ようとはしなかった。 手元に開かれた英語の問題集に注いだまま、シャープペンを握る手を忙しなく動かしながら、 もう一度、掠れたみたいな声で、
「よかったよ、な、」とだけ、繰りかえした。

「…うん、」
 三橋はこくん、と肯くと、問題集に向かい、俯かれる事で晒された阿部の、 つむじを見詰める。硬そうな黒い髪。耳朶。それらを、ぼう、と見詰めながら、ぶわ、 と目許のあたりに血がのぼるのが、分かった。視界の端で、とんでもない物を、見てしまった。

(あべくん、耳たぶ、すごい真っ赤…、だ。)

 見ちゃ不可ないものを、見た。阿部の狼狽を見て仕舞った、ような気がした。目の遣り所に困ッて、三橋は慌てて、 手の止まっていた試験勉強を再開する。教科書ガイドにラインマーカを引こうとしていた指が震えて 真っ直ぐ線が引けない。蛍光ピンクのペンを握り直した掌は、じんと痛い程熱くなっていた。
 熱を払うみたく、ペンを手放す。三橋は、問題の解説に集中する。ふりをして、教科書ガイドの冊子で顔を、隠す。 阿部に、
届くか、届かないか。微かな声で、呟く。

「まちがってない、よ。」
 おれ、あべくんが、すき、なんだ、よ。

 間違ってないよ。と、いいながら。三橋はぎゅう、と目を瞑る。
 最早、試験勉強どころではなかった。耳許で鼓動が跳ねる。煩い。 阿部の走らせるシャープペンの、さらさらと冷静な音が、自分の鼓動に被さり、加速させる。
(阿部君の、伝染ッちゃッ、た。)
 眺めても頭に入らない文字の羅列を眺めながら、屹度、阿部以上に赤く染まり上がったであろう頬を、 三橋はぺたん、と宥めるように手の甲で押さえた。



(それでも、三橋は知らない。)
阿部の問題集なんて、疾うに解き終わって、忙しなかったシャープペンの先は、 ノートに意味不明な図形を居心地悪そうに書いていた事を。
丸に、三角、四角。描くそのゆびが、馬鹿みたいに震えて居た事を。







○、△、□。



こいはまるで、さくらんぼのきせつ。
絵板より。(2005/1/11)