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阿部と一緒に帰るようになって、少し。分かれ道になる十字路の信号の前で、三橋はつい、歩む足が止まってしまう。 この信号を渡りきれば阿部と、お別れ。赤い信号が緑に変われば、お別れ。 車の通りのすくない道路の赤信号に、律儀に佇むうちに、そんなことを考えている三橋を阿部は、 気付いているのだろうか。三橋は、眺めるともなしに宙へと泳がせた視線に、か細い光を落とす一番星を、 空の端に見付ける。あのひかり程に、いま、妙な心細さが胸奥をしめる。 信号が、赤から青へ、変わった。 「あ、あの、阿部君、…さよ、なら…。」 横断歩道をのろのろと渡りきり、三橋は、こちらをむきかけた阿部の口が開く前に、言う。 言われてしまう前に、どうしても先に言いたかった。 どうしても、 (だって阿部君に、さよなら、何て言われたら、何だか悲しい。) 暗い路に、溜息が零れた。三橋はつい、顔を俯けてしまう。 「そんな、今生の別れみたいな、」 さよなら、なんて、いうな。 阿部が、ひそり呟いた。三橋は、何となく顔が上げられなくって、俯く。阿部の靴の、爪先ばっかり、じとり、 見詰めていた。それでも、それとなく感じる気配から、阿部が笑っているのが窺えた。 「三橋、…また、明日な、」 手袋代わりらしい軍手をした阿部の手が、ぼすり、三橋の頭にのる。 そのまま、三橋の淡いいろの癖毛を掻き混ぜて、くるり、踵を返す。 慌てて、顔を上げて、 「あ、あべ、くっ、また、ね!」 大きな声で言うと、閑静な住宅地に声が拡散した。阿部はいっぺんだけ振り返って、ひらり、と手を振ってくれた。 三橋はせめて、阿部君があの角を曲がっちゃうまで、と決めて、見送る。 信号が変わったのだろう、ごう、と音を立てて、白い車が横切った。 「こんじょう、の。」 と、離れいく阿部の背中をぼんやり眺めながら、三橋は、ぽそり、と繰り返す。 「こんじょう」の意味はよく解らなかった。よく解らなかったが、こんじょう、 というのは何か、さみしい言葉だな、と思った。「こんじょう」もう一度、呟く。 忘れないように大切に、呟いた。 家に帰ったら、母のあの、大きな辞書を借りて「こんじょう」の意味を調べてみようと思った。 「こんじょう」は悲しい言葉かも知れなかった。 それでも、 (阿部君も、「さよなら」はさみしい、と思ってくれたのかしら。) もしそうだとしたら、 か細い星の光が、もう一度、三橋の視界の端に浮かぶ。いま、あのか細いひかり程にあたたかく胸奥をしめる。 「こんじょうの、」 別れたあとも、阿部のことを考える理由があるということが、ただ、嬉しかった。 |