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森永ハイソフトの包み紙の皺を伸ばして、それから、泉はせかせかと鶴を折る。手持ちぶさたで、何となく折り始めていた鶴だけど、気が付けば、半ば必至になり始め、口の中で融けきる前に、次々に、キャラメルの長方形を押し込んだ。銀色に青と赤の線の入ッた包み紙を三角に折って、畳む。それから、それから。 「泉って、案外、器用なのな、」 机を挟んで向かいの椅子に腰掛ける阿部が、こちらを見るともなしに、言う。 「阿部も食べる、キャラメル。」 「いらね、あンま、そーゆーの好きじゃねンだ。…詰め物取れても面白くねえし、」 「ふぅん、」 気のないそぶりの返事を返しつつ、泉は、机の上に四ツ目の鶴を転がした。くちばしが少し捩れて、形が悪い。これは、失敗作だなあ、だなんてちいさく呟きながら、前歯でやわやわと体温と唾液に緩んだキャラメルを玩ぶ。 「つめもの、か。」 阿部の言葉を口の中だけで繰り返す。変な違和感。詰め物、と言う言葉と阿部が結びつかなくて、 「阿部、虫歯あるンだ。」言ってしまう。 「あるだろ、虫歯くらい。」 「三橋も?」 「…何で。」 どうしてあいつがでるんだ、と。うんざりしたような口ぶりで言い返す、阿部の表情は俯いていて、窺えない。阿部の視線は、いちおう、手の中の文庫本に注がれている。文庫には購入した書店のものだろう、うす水色のカバーが巻かれていた。だから、何を読んでいるのだか、題名は、判らない。それでも、伏せた目蓋から眼球の動きが窺えないから、多分、文章なんて追えていない筈だ。眼差しは硬直している。頁を捲るのは、ポーズだけだ。 「阿部、何、読ンでンの、」 「司馬遼太郎」 「『燃えよ剣』?お前、そういやヒジカタトシゾーとか好きそうだよな、」 「違う、『龍馬がゆく』。」 「へえ、」読んだ事ねえ。 他愛ない会話に、喋りながら、口に含んだキャラメルのせいで、今自分がたいそう甘い息を吐いているのが、判る。 「でさ、キスで、判りそうじゃねー?」 「…は?」 阿部が、ぽかん、とくちをあけてようやく、顔を上げる。間の抜けた顔。 「だからさ、三橋の、虫歯。」 「…お前、脈絡ない。」こばかにしたような溜息、ひとひら。 「みゃくらく、」繰り返せば、 「唐突なンだよ、」阿部はたたみかける。 「とうとつ、」また繰り返すと、阿部は、重々しく、頷いた。 くちの中のキャラメルを喉の奧に追いやって、新たな一粒を摘む。茶色のそれはさっさとくちに放り込んで、銀の包み紙でまた、鶴を折る。 「…ねえ、阿部さあ、それでオレ、思うんだけど、」 丁寧に爪の先で織り込みながら、つばさの形を整え整え、阿部の気配をうかがう。 「若し、オレが阿部とキスしたら、それは三橋と間接キスしたことに、なるのかな、」 がたん、と耳障りな音がして、向かい側に影が立った。阿部が立ち上がったのだ。そろり、と椅子に腰掛けたまま上目遣い、阿部を見遣れば、心底、くだらないと言いたげに憮然とした、面差し。凶悪な。冷ややかなそれに、束の間胸が透くような気持ちになって、それから、こころが、意地の悪いふうにさざ波立つ。 「それとも、キスは未だ?」 「そンなの、お前に、関係、ないだろ、」 阿部は節を切るふうにして、言った。目が据わってる。 まだなんだ、と口の中で呟いた。 「そう?ほんとうに、阿部はそう思うのかよ、」 「なにがだよ、」 何がいいたいんだ、と睨め付ける阿部が眼差しだけで、問う。ああ獣の目だ、と何処かしらじらした思いで、それをみている。 泉は、深く、息を吸う。燻る甘い匂いを吐き出す。 「だッて俺は、三橋のくちびるを、吸つてみたいと、思うもの。」 阿部が、ぎゅう、とこぶしを握るのが、判った。泉は、阿部からしゅるり、と視線を解いて、机に散らばらせた、銀色の鶴に向けた。五羽、ある。 その中で、一等きれいに折れた奴は、三橋にあげよう、と思った。 俯いた頭上から、深く息を吐く音がする。ひりひりと阿部の怒気がつたわる。 「あいつに、」 阿部が言う。掠れて低い声で、言う。 「あいつに、すきだとも言えない奴に、どうこう言われる筋合いなんか、ねえよ。」 阿部の爪先が、がん、と蹴るふうに机にあたり、銀色の羽根が、きらきらとこぼれた。踏み出した阿部の脚が、それを躙る。 銀が捩れる。 「あべ、」 「ンだ…ッ、」 椅子から立ち上がり、踏み出し書けた阿部に伸び上がる。さしてもない身長差、容易に、掴まえることの出来る、頤。泉のくちびるが、阿部のそれに、押し当てられた。 「ぁに、…すンだよ!」 阿部が振り払う。がちゃん、とけたたましい音がして、耳殻の中に弾ける、口の端に硬い感触がし、それから尻餅をついた。背中にうしろの席の机の脚があたッたのだろう、痛みに、泉は目を瞑った。 「…巫ッ山戯ンな、」 そ、と見上げた眼前、怒気に息を乱した、阿部の目の端が赤いので、泉は、まるで阿部が泣いているように見えた。それから、口の端が濡れているのに気付き、手の甲を押し当ててみて血が流れていたことに気付く。阿部に振り払われたときに、彼のこぶしが当たったのだろう。それを見て、一瞬、阿部の目が瞠られる。赤い色に怖じけたか、息を飲む。それから、眼差しはしゅん、と急速に力を失い、貌を逸らしてしまうと、そのまま背を向けた。 「…悪ぃ、」 こう言う時、咄嗟と謝ってしまう阿部の育ちの良さも、三橋の惹かれる理由に入るものなのかと茫洋と考えてしまう。捕手、というだけではなくて? じんじんした痛みのせいで、考えることもぐちゃぐちゃだ。まるで逃げるように教室から去った阿部の背中を見詰めながら、このあと、阿部が直ぐにでも三橋とキスをすればいいのに、と思った。 「間接キス。」 声に出して呟いてみてから、泉は漸く立ち上がる。足許に、ちぎれた銀の翼が散っている。飛べない鳥が転がっている。 打ち付けた背中が、今頃になってからしくしくと痛みだして、泉は、少しだけ、泣いた。 |
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